「あなたの心に…」

第2部

「アスカの恋 激闘編」

 

 

Act.38 レイ、宣戦布告す

 

 

 

 その日の掃除当番はまたまたヒカリの策略で、いつもの4人になっていたの。

 私、ヒカリ、鈴原、そしてシンジの4人ね。

 シンジがどこかに行ってて姿がないから、鈴原は窓からボケっと外を眺めてた。

「ちょっと!アンタも手伝いなさいよ!」

「シンジが帰ってきたら、するよってに。それまであんじょう頼んまっさ」

「はん!帰ってきても、する気ないくせに!」

「ごめんね、アスカ」

「何で、ヒカリが謝んのよ」

 ガラガラッ。

 あ、シンジ…、じゃない。メガネだ。

「俺、シンジの替わりなんだ」

「え?」

「さっき頼まれたんだよ」

 私とヒカリはメガネの顔を見つめた。

「あ!センセ、綾波と帰りよるで」

 外を見ていた鈴原が叫んだ。

 ち、ちょっと、これって…。

 鈴原が窓から離れて、メガネの前に立った。

「何の用で替わったんや?」

「さあ…?どうせ、デートじゃないのか?」

「な、なんやて!とくに用もないのに大事な教室の掃除をサボりよったんか」

 鈴原が言っても説得力ないってば。アンタ、ここにいるだけで何もしないでしょうが。

「だ、だから、俺に替わりを頼んだんだろ」

 鈴原の剣幕にメガネはやや腰が引け気味。

「そんなん、センセが頼みよったんか?」

「違う。綾波の方だよ。シンジはちょっと迷惑そうだった」

 また、レイ…。

 あの娘、いったい何を考えて…。

「そ、そういや、この話知ってるか?」

 場の空気を読んだメガネが慌てて言い出した。

「今回のクラス替え。綾波財閥が影で動いてたらしいぞ」

「え!」

「何やねん、それ?」

 もう掃除どころじゃないわ。私たちはメガネの周りに集まったの。

「職員室で先生が話してるのを聞いたんだけど、俺たち1セットで考えられてたらしい」

「1セット?」

「そう。シンジ、トウジ、俺、洞木、惣流の5人。

 その5人と綾波を同じクラスにするように綾波財閥から要望があったらしいぞ」

「それって汚職じゃないの」

「いや、あくまで要望だから。お金やモノを引き換えに出してきたわけじゃないから。

 でも、巨額の寄付をしてる綾波財閥に逆らえるわけないだろ。

 それで今のクラスになったって、そう言ってた」

「何か、けったくそ悪いわ、そんな話聞いたら」

 そうね。シンジと同じクラスになれたのは嬉しいけど、何か癪に触るわ。

 ヒカリの表情も曇ってる。この娘、潔癖症だから、こんな話はイヤだよね。

 掃除を途中で置いておけないから、それから4人で終わらせたわ。

 みんな無言で重い雰囲気だった。

 鈴原はメガネと『ムシャクシャするから、ゲーセンや!』って、すぐに下校した。

 私は何となく、物憂い感じで机に座ってたの。

 すると、ヒカリが伏目がちに喋りかけてきた。

「あ、あのね。こんなこと言っちゃいけないのかもしれないけど…」

「どうしたの?さっきのこと?」

「うん、綾波さんのこと…」

「レイ?」

「最近変だと思わない?」

「そ、そうね」

「アスカのこと、さん付けで馬鹿丁寧に喋るようになったし…」

 そうなのよね、春休みのあの日から、アスカさんなのよね。

「席順だって…」

「はい?」

「あ、やっぱりアスカ知らなかったんだ。あの、ね。

 今、レイの座ってるところ、坂口さんの場所だったの。

 そこをレイが強引に譲らせたのよ。坂口さん、人気の碇君の隣で喜んでたんだけど。

 『替わって下さい。お願いします』って言葉は丁寧だけど、

 ほら、あのバレンタインのときみたいに、ジッと睨むんだって。うんと言うまで」

「あ…」

「それで席を替わったらしいの」

「そ、そうだったんだ」

「それからね…」

 え!まだあるの?

「今日の掃除当番。アスカの替わりに自分を入れるようにって言ってきたの」

「嘘…。レイが、そんな…」

「何だか、アスカが目障りみたいに…」

 私は思考能力が停止しちゃったみたいに、ヒカリの言葉をただ聞いていたわ。

「あのね…これああくまで私の勘なんだけど。

 綾波さん、気付いたんじゃないの?アスカの気持に」

「あ!」

「そう考えたら、あの態度が頷けるから」

 そうよ!そうだったのよ!気がつかなかった。

 というより、レイは知ってるもんだと勝手に思い込んでたわ。

 私はヒカリに何度も大きく頷いた。

 そして、春休みの一件を話したの。

 ヒカリはあきれていた。

「アスカらしいわね。そんなところ見かけたら、女の子なら誰でもピンと来るわよ」

「え〜!ほら、別の男を好きになったとか、思わない?」

「アスカの周りに男がいる?シンジと、す、鈴原、だけじゃない。普通に喋るの。

 相田でさえ、名前で呼んであげないのに」

 へ?メガネに名前なんかあんの?

「そんなアスカが若い男物の服見てたら、絶対にわかるわよ。

 どうせアスカのことだから、ニタニタ笑いながら見てたのに違いないもん」

「ニタ…って、私そんな顔しない」

「ふ〜ん、それはどうだか」

「……、してる、の?私」

「よくしてるわよ。碇君を見てて、ニタニタ笑ってる。授業中とか」

「げっ!ほ、ほ、ほ」

「本当。気付いてないのは本人だけか。あ、碇君もかな?」

 はぁ…、シンジには知られてなかったのか…。

「当事者以外はみんな知ってるんじゃない?

 だって、アスカ、アナタバレンタインの大騒動を忘れたわけじゃないでしょ。

 あんなことしてて、私はただのお友達。なんて通用するわけないよ」

 そ、そんなものなの?私の偽装は完璧だと思ってた。

「まあ、鈍感アスカに鈍感碇君だから、本人たちはわかってないけど、

 周囲は丸わかりなんだから。

 綾波さんと付き合ってる碇君にアスカがベタ惚れだって。

 男子は鈴原が抑えてるから、

 碇君にひやかしたり、ちょっかい出す人間は出てこないけどね」

「べ、ベタ惚れ…」

「女子はアスカに同情的よ。可哀相だって」

「同情なんかいらない!」

 私は叫んだ。

「でも笑いものにされるよりはいいんじゃない?」

「うっ。それは…そうよね。幸福なレイより、不幸なアスカを応援、か…。

 侘しいけど、これが現実よね。

 よし!わかったわ!がんばって、シンジを奪還して、みんなを敵に廻してあげるわ!」

「ぷっ!相変わらず、過激ねぇ。アスカは」

「へへ、でも、レイ。本当に旋毛曲げちゃったのかな」

「たぶん。アスカに裏切られたみたいな感じじゃないかな」

「はぁ…。何かイヤよね、それって。

 でも、仕方がないか。いつかはこうなってたんだもんね」

 私を心配してくれてるヒカリに悪いから、明るく振舞ったけど、

 本心はかなりブルー。

 ちょっとレイやシンジと顔を合わしたくない。

 

 そう思ってたら、すぐに顔を合わせちゃうのよね。

「ただいま…」

 ダラダラとリビングへ向かうと…、

 ソファーにシンジが座ってた。

 あ、あのね…、なんてタイミングの悪い…。

「あ、おかえり」

「な、なんでアンタがいるのよ」

「え?あ、野沢菜のお裾分け」

「へ?」

 ママが異臭とともにキッチンから現れた。

 この匂いは!ドリアンね。

「はい、どうぞ。ちょうど食べごろよ。アスカも早く着替えてお出で」

「わ、わかったわ」

 誰の趣味?ドリアンは!美味しいけど、この匂いは慣れないわ。

 速攻で着替えてしまうのは、やっぱりシンジのせいだろうか?

 鏡を見ると…ニタニタ笑ってる。

 これね!この顔のことを言ってたんだ。

 ちょっと、引き締めていかないと!

 

「だ、誰よ!ドリアンサンドにしたの!」

「僕」

「ば、馬鹿シンジ!」

 私が部屋に入っていた間に、シンジがドリアンをサンドイッチにしてたの。

「だって、あの時、アスカは食べてないじゃないか」

「た、食べたじゃない!ちゃんと自分のは」

「アスカの方には入ってなかったじゃないか。

 僕だけ食べたんだよ。おいしいから、一度食べてみなよ」

 ち!ばれてたか。(Act.9参照)

 ま、匂いだけ我慢したらいいんだから…うっ!

 へ、変なのっ!ドリアンは美味しいけど、パンと合わない!

 半年近く前の復讐をされた私は、だけど、嬉しかった。

 何だか、あの頃の二人に戻れたような気がして。

 でも、そんな甘い感傷は一瞬だったの。

 プルルル。

 この味も素っ気もない呼び出し音は、シンジの携帯ね。

「はい、碇です。あ、綾波さん。うん、え?今から?えっと、今…うん…わかったよ」

 レイからの電話ってわかった瞬間に、

 私の鼻にドリアンの異臭が殺到してきたような気がしたわ。

 

 シンジがいなくなったリビング。

 ドリアンの残り香だけが漂ってる。

 私はママの淹れてくれた紅茶を啜ってた。

「音立てて飲まないの」

「今はこんな気分なの」

 ずずずず〜。

「もう、アスカったら。その感じじゃ、碇君との仲は進展ナシね」

「進展どころか…」

「振り出しに戻りたい気分」

 そうそう、ピッタリよ。その表現…って、マナ!

 私の背後にマナが出現してた。

「ね、アスカ。振り出しまで戻っちゃったら、あの財閥令嬢はいないもんね」

 ずきっ!

「そしたら、わざわざ自分の大好きな人に別の女の子を紹介なんかしないもんね〜」

 ずきっ!!

「う、うっさいわね!馬鹿マナ!」

「アスカ!悪いのは誰?」

「はい。悪いのはこの馬鹿なアスカでございます…。うっ、うっ…」

 突然泣き出した私に、からかっていた二人、じゃなかった一人と一霊は大慌て。

 アンタたち、タイミングが悪すぎんのよ!

 最初は嘘泣きだったんだけど、そのうち本当に悲しくなってきて大泣きしちゃった。

 まあ、たまには泣くのもいいか。

 そう思って、思い切り泣いてやったわ。

 あ〜、すっきりした!

 

「そっか、あの娘そんなことしてたんだ」

「未だに信じられないのよ。レイはそんな娘じゃないの。絶対に違う」

「でもこんだけ証拠が出たら、アスカがいくら庇っても駄目だよ」

「うん…でも…」

「アスカのくせに、はっきりしないわね」

「く、くせにですって!」

 むかっ!

 私は丸くなって座っていた椅子から立ち上がって、ベッドのマナに指を突きつけたわ。

「ははは、やっとアスカらしくなった」

「はぁ…。また?はん!私も単純よね。アンタの挑発に毎度毎度引っ掛かるなんて」

「そこがアスカのいいとこよ」

「は、どうだか…。ふぅ…メールでもチェックしよっと」

 パパが海外にいたときは、毎日チェックしてたけど、

 今はたまにドイツの友達から来るくらい。あとは広告ばっかり。

 えっと、やっぱり広告ばかり…。

 あ、これ…。

 件名…。

『惣流アスカへ 許さない』

 え…!差出人は…綾波コーポレーション…って。これって。

 私は急いでクリックしたわ。

 

『惣流さん。

 もう私はあなたを許せません。

 碇君は私のもの。

 二度とあなたには手出しさせません。

 綾波レイ』

 

 げげげ…。

 惣流さんって…。レイ…、じゃ、本気なの?

 

 この日、綾波レイは碇シンジを独占することを宣言する。

 私、惣流アスカは…。

「ど、どうしよ。ね、マナ、どうしたらいい?どうしよ、私!」

 突然の展開にパニック状態。

 レイの奇襲は成功しちゃったのよ!

 

 

 

Act.38 レイ、宣戦布告す  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第38話です。第2部最終編『レイ、アスカ親交断絶』編の中編になります。
レイのアドレスが『綾波コーポレーション』になってるのは、返信されたくなかったから会社のアドレスを使ったんですね。作中に書いていませんが、このときには携帯の番号も変えています。